2009年10月27日火曜日

陶淵明 「責子」

BS7時30分からの「ウェルかめ」にそなえテレビの前に座ると、格調高いリズムとともに漢詩が流れてきます。

今日の新漢詩紀行は、陶淵明の「責子」という詩でした。

漢詩を聞いただけでは意味はわからないのですが、後に流れる口語訳を聞いてようやく詩の内容がわかります。

今日の漢詩は思わず笑ってしまいました。

陶淵明は44才で隠遁生活を始めたそうですが、彼には5人の子どもがいたそうです。

子どもたちは皆勉学をニガテとしていたらしく、その様子を嘆いて詩にしました。


  白髮被兩鬢  白髮 兩鬢を被ひ
  肌膚不復實  肌膚 復た實ならず
  雖有五男兒  五男兒有ると雖も
  總不好紙筆  總て紙筆を好まず
  阿舒已二八  阿舒は已に二八
  懶惰故無匹  懶惰 故より匹ひ無し
  阿宣行志學  阿宣は 行(ゆくゆ)く志學なるに
  而不好文術  而して 文術を好まず
  雍端年十三  雍・端は 年 十三にして
  不識六與七  六と七とを識らず
  通子垂九齡  通子は 九齡に 垂(なんな)んとするに
  但覓梨與栗  但だ 梨と栗とを覓む
  天運苟如此  天運 苟くも此くの如くあれば
  且進杯中物  且し 杯中の物を 進めん

男の子が5人いるがみんな勉強ぎらいだ。長男16才は怠け者、もうすぐ15才の二男は文術が嫌い、三男四男は13才で六と七の区別もつかない、末っ子はもうすぐ9才で梨や栗をねだるばかり。これも運命ならば、あきらめて酒でも飲むことにしよう。 

こんな内容の詩でした。

陶淵明という詩人は365年に生まれ 427年に亡くなりました。

何と今から1500年以上前に活躍した詩人なんですね。

大昔も今もわが子の学業不振は親の頭痛のタネになるのだとつくづく思いました。 

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